「デジタル通貨のマンハッタン計画」 ”仮想通貨のゴッドファーザー”による極秘プロジェクトとは【独自記事】

グーグルがスーパーコンピューターを超える「量子超越」を発表してから2週間あまり。仮想通貨業界からは「暗号技術を破るほどの実用化はまだ当分先だ」といった楽観論が多く聞かれる。しかし、油断してはいけない。イノベーションのブレークスルーは、ある日突然やってくるからだ。

大切なことは、「量子コンピューターが間もなく誕生するぞ」という警告なしでいきなりXデーが訪れるということーーー。

このようにコインテレグラフジャパンに語ったのは、「仮想通貨のゴットファーザー」と称されるデービッド・ショーム氏だ。

ショーム氏が暗号技術に興味を持ったのは1980年代、カリフォルニア大学バークレー校で大学院生だった頃だ。当時米国の安全保障担当トップが、計算機科学の国際学会ACMなどに対して「暗号技術に関するカンファレンスを開催するな。さもなければ刑務所行きだ」と警告。学生だったショーム氏は、米政府の姿勢をみて、逆に「暗号技術は重要すぎる」と感じたという。

暗号技術とは人々を解放することであり、情報化社会の中で建設可能な唯一の壁だ。人々が自分の身を自分で守るための技術だ。」

ショーム氏の行動は早かった。サンタバーバラで暗号技術に関するカンファレンスを主催する。米政府から釘を刺されているのだから、大々的に告知することはできない。ショーム氏は、直接人々に会って新たなカンファレンスに誘った。招待状は全て手紙で送付。アンダーグラウンドの印刷会社を使って印刷した。こうして誕生したのが、国際暗号学会(IACR)だ。初代会長はもちろんショーム氏。最初は80人ほどの小さなコミュニティーだった。

「1列目に座ったのは、メリーランド州に住む暗号技術に興味を持った人たちだ。NSA(米国家安全保障局)があるところだね。みんなショックを受けていたよ」

国際的な科学組織として一旦立ち上げられてしまえば、米政府でも止めるのは難しい。国連に守られることになるからだ。ショーム氏の目論見は当たった。今では世界中でカンファレンスを頻繁に開催している。

その後、ショーム氏は、最初のデジタル通貨として知られるEcashを開発。1982年の論文は、ビットコインのホワイトペーパーにインスピレーションを与えたと褒め称えられている。

量子コンピューターと安全保障の力学

グーグルの”量子超越”達成は、ある乱数をつくる計算問題の回答に最先端のスパコンが約1万年かかるのに対し、グーグルの量子コンピューターは3分20秒で解くことができると示した。特定のタスクに対する適用にすぎないというつっこみがある一方、グーグルは、”量子超越”達成についてライト兄弟の初めての飛行時間であった12秒に例えた。実際に飛行機が使えるようになったという話ではない。「飛行機は飛べる」という可能性を示した訳だ。

量子コンピューターを巡って大国も動き出している。

量子技術の研究開発費として、米国は5年で最大13億ドル(約1400億円)を見積もる。中国は1兆円規模の研究拠点が2020年に完成予定、EUは10億ユーロ(約1200億円)規模のプロジェクトを開始、そして日本は20年度の関連予算で約300億円要求した

「これは、パブリックになった部分だけだ。(中略)国家安全保障にかかわることだからね。すでに公にされているプログラムだけでこんなに大きいことを示している」

ショーム氏は、「私は量子コンピューターの専門家ではない」と断りつつも、「(国の予算規模の)実態の大きさは誰にもわからない」と指摘する。こうした新技術は、「いつ起きるのか、もう起きたのか。発表されるのか、されないのか。それは分からない」(ショーム氏)。だから、「量子コンピューターが使えるようになるまで、あと数年かかるというのも責任ある発言とは思えない」と話す。

安全保障の話になれば、国家は新技術の発明をいちいち世界に表明しない。ショーム氏は、例えば、「米政府は、シークレットコードのブレーキング(秘密暗号の解読)を第2次世界大戦で使用したが、その能力があることを一度も明らかにしなかった」と振り返った。

たとえ命を救う場面であってもコードをブレークしたことが明らかになるケースでは、決して使わなかった。それが彼らの秘密の武器であるからだ。単純に誰にも言いたくなかったのだ。(公で使えば)もっと多くの人命を救うことができたのに、米政府は(コードブレークを公にせずに)戦争を長引かせたのは恐ろしいことだ。」

量子コンピューターによってビットコインの公開鍵から秘密鍵が見つけられてしまうのではないかという懸念がある。ショーム氏は「俺はビットコインの熱烈なファンだ。そのことはしっかりと書いておくれ」と断った上で、この懸念に同意。「ある日誰かが秘密鍵を全部公開するかもしれない。公開せずに一部の人々が(秘密鍵を使って)マネーを盗み出したりするかもしれない」と述べた。

そしてビットコインがこれから量子コンピューター耐性のあるスキームに変更することに懐疑的な見方を示した。

「セキュリティーというのは、付け加えるものではない。最初から備え付けられているものだ」

プラクシスとマンハッタン計画

「日本でこのような発言をするのは本当に心苦しい」。ショーム氏はこのように断った上で、デジタル通貨版のマンハッタン計画について話し始めた。マンハッタン計画は、原子爆弾の製造・開発のために第2次世界大戦中にアメリカ・イギリス・カナダなどの研究者らを総動員した一大プロジェクトだ。

「あなたが何か難しいことを成し遂げたい時は、世界中から有能な人々を連れてきて、ただ1箇所で1つのことに集中させる。そして、長い間、秘密にしておく。我々が、ケイマン諸島でやっていることだ」

タックスヘイブンとして知られるケイマン諸島で、ショーム氏が優秀な研究者を率いて開発しているのは、新たな仮想通貨プラクシス(Praxxis)だ。プラクシスは量子耐性を備えプライバシーも強化した上で、中国のチャットアプリ「アリペイ」や「ウィーチャット」のように世界中の消費者に広く普及させることを目指す。

もちろんプラクシスは、ブロックチェーン基盤。昨年立ち上げられたエリクサー(Elixxir)というブロックチェーンの上にプラクシスは構築される。「プライベート、速い、安心できる」という3つの要素を全てクリアする最初の仮想通貨になるという。

プラクシスのホワイトペーパーは年内の発表が予定されている。ショーム氏は、詳細の説明は避けたものの「ビットコインのホワイトペーパーより簡単に理解でき、長くなくて、読めばどのように機能するか想像できる。そして、なぜ強固なのか理解できる」と述べた。

「他のブロックチェーン・プロジェクトもケイマン諸島にきていると思うかもしれない。しかし、我々はブロックチェーン企業が他にいるという証拠をつかんでいない。(中略)安くはないが、我々がいかに真剣か伝わると思う。我々は何としても実現したいんだ」

ショーム氏はプライバシーにもこだわる。いつどこで何を買ったのか誰かに筒抜けるような事態は避けなければならないと考えている。フェイスブックのケンブリッジアナリティカ問題をはじめ、企業の個人情報の取り扱いについて「私はこれまでに人々があそこまで怒っているのをみたことがない」と感じている。

プライバシーをめぐって時代は確かに変化してきている。そして、ショーム氏が予想するのはデジタル主権の革命だ。

人々が街に繰り出して抗議する。最初はかなりエキサイティングな挑戦になるが、多くの人が集まるにつれて抗議に参加することが安全になる。それが非暴力的な革命の真髄だ。

「(プライバシー問題でも)そのスピリットが必要だ。(政府にプライバシーが担保された仮想通貨を)使えないと言われても、人々が『いや使う』と主張する。彼らは使いたいんだ」